藤田六郎兵衛氏の昨日の日経夕刊プロムナードの「穴子の思い出」という記事を読んだ。名前からして古そうなジイさんかな・・(笑)と思って、ネットで調べたら、なんと私と同い年だった。能楽笛方、藤田流11世家元として著名な方のようだ。

「特別ぜいたくをしていた家ではないと思うが、穴子の一番の思い出は小学校一年のときの運動会だ。僕の好物だからと、昼の休憩時間に合わせて、いつもの寿司屋から穴子の握りの出前が届いたのだ。・・・」とあった。

ちびマルコちゃんではないが、花輪君のような恵まれた環境で育った人なのだろう。花輪君のところは明らかに金持ちで、花輪君もそれを認識して振る舞っているから、それはそれで良い。同様ならば、運動会で僕の好物?、出前?、それは金持ちなのだろうからそれで良い。私の小中学校時代のクラスでその種の人は、クラス変えをしてもいつも一人くらいはいたから。

それだけなら決して私も反応したりしないのだが、その前の部分的な所に反応してしまった。「特別ぜいたくをしていた家ではない・・」というところだ。お金持ちで育った人に、そんなことを言って欲しくない。そんな前振りは削除して、ただ黙って穴子の話だけしたらどうか。このような事実誤認とか能天気な人を時々見かける。貧しく育った私は自分の古傷を笑われているようにも感じてしまい悲しくもなる。気持ちを逆なでされたようで、憤りのようなものすら感じてしまうのだ。

しかし、所詮他人が勝手に言っていること。そんな瑣細なことで腹を立てては消耗するだけだ。ガーデニングをして気分転換をしよう。

 

*** ベゴニア中心のハンギングバスケット 5月末の私のブログで掲載してから3ヶ月以上。ぼちぼち交代の時期

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